第四編 民俗 第二章 衣・食・住 第一節 服飾 履物 履物の第一はげたである。げたはたらや杉の木で作った。外出用は履物屋で買ったが、普段履きは手作りであった。簡単な竹げたもあった。角材を横に二本並べ、割竹を数本縦に並べくぎで止めて作った。手作りげたの鼻緒はワラ縄であったが、上等なものには竹皮のひねり緒もあった。そのほか、塗りげた日和〈ひより〉げた草履げたなどがあった。草履げたは表に籐〈とう〉やイ草で編んだ草履を張りつけたものである。女の子は底をくり抜いたカッポンげたを履いた。 雨天用には、ぶくり(ぼくり)があった。ぶくりは桐台で三寸(九センチメートル)歯であった。雨にぬれないよう、つま先に覆いを付けた先皮〈さきがわ〉のものもあった。 草履はワラ製が主流であったが、長持ちせず数日で破れ、子供は一日で破った。特にぬれると弱かったので雨降りには子供ははだしで通学した。真竹の皮で編んだものを竹の子の皮草履、ぼろ布で編んだものを布〈つぎ〉草履といった。また、鼻緒が結び緒で、かがとがはみ出すくらいの丈の足半〈あしなか〉草履もあった。 山仕事や力仕事をする時にはわらじを履いた。わらじのつま先を覆ったつまごは冬履きであった。雪が降るとワラぐつ(雪ぐつ)も履いた。ぬかるみを歩くと、水がしみて重く冷たかった。 足袋には白足袋、黒足袋があり、礼装やよそ行きに履くぐらいであった。女用に赤系の色足袋があり、昭和に入ってからはこうもん足袋(こはぜがなく足首にゴムがあるもの)もあった。農作業用に地下足袋もあった。現在のような型になったのは昭和初期であり、それ以前はあつしといい、ゴム底に厚手の布を取り付けたものであった。 脚絆〈きやはん〉はもとは男女とも用いたが、男がズボンを履き始めてから不要となり、女だけのものとなった。 |
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