第二編 歴史 第四章 近代・現代 第九節 学校教育 一 教育制度の変遷と町内の概観 (三) 大正時代 児童の健康対策 花見校では明治二十九年に、舎人校では大正三年と同五年に、それぞれ校区内で赤痢が発生したため、仮の教場を設けたり、臨時休校をしたりしている。このようなことから、児童の健康管理に関心が向けられたのであろうか、東郷校では明治三十八年に小鹿谷の医師・鳥飼京蔵が、舎人校では大正九年に松崎の医師・松田昌造がそれぞれ校医に任命されている(町役場所蔵の各村「職員名簿」)。また、舎人校では大正十二年に児童の定期身体検査を、翌十三年には新入学児童の身体検査を実施している。 |
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