第二編 歴史
第四章 近代・現代
第九節 学校教育
 一  教育制度の変遷と町内の概観
(二) 明治時代

裁縫科と子守教授
 明治十九年の小学校令で、女子のために裁縫科を設けることができるとされた。町内では、明治三十年花見校に、同三十二年舎人校に、同三十三年東郷校に、同四十一年松崎校(推定)にそれぞれ裁縫科が付設され、女子教員が任命されている(各校沿革史)。
 なお、松崎校区では明治三十年、女子に裁縫教育を受けさせるための地元民の取り組みがあったことが知られる(資料編一一一号)。同校では裁縫科の設置に至らないため、校区内の裁縫の技芸のある婦人の承諾を得て裁縫教授を開設したから、生徒の勧誘に尽力してほしいと、発起人が校区内の区長に要請したものである。
 また、例外的な教育手段として、舎人小学校が明治三十三年四月に開設した子守教授が知られる。詳細は明らかでないが、恐らく幼い弟妹の子守をしながら授業を受けたのではないかと想像される。前述したような、未就学者を対象にした特別教授の先駆的な取り組みであったと思われる。
   
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