第2編 歴史 第4章 近代・現代 第7節 商工・金融業 2 金融業 東郷報徳社 「東郷小学校沿革史」(同校所蔵)などによると、明治36年11月19日、同校の講堂で東郷報徳社の発会式が挙行されている。初代の社長には東郷村松崎村組合長・益田伝吉(田畑村)、副社長に同助役・秋田伊之(別所村)が就任した。事務所は田畑村152番地(益田の自宅)に置かれた。県内で最初の報徳社であったといわれる。 「東郷報徳社定款」(資料編118号)では、当社は二宮尊徳の教えを遵奉し、勤倹・推譲を理念として報徳の事業を実行すること、遠江国報徳社の指揮監督を受けることを規定している。結社年限は1期30年と定められた。また、社員に対する営業資金の貸し付け、又は貧困者の救助などの報徳事業に充てる「報徳金」には、土基金と善種金があった。土基金は本社からの下付金、社員・篤志者の寄付金など、善種金は社員の積立金(1口は毎月10銭、30年間で36円)で構成された。なお、同社では後に倉庫業を経営したが(第5節「東郷報徳社の倉庫経営」の項参照)、その収益金も報徳事業に充てられたとみられる。 発足当時の口数は400余と記録されている(前掲「東郷小学校沿革史」)。大正3年12月末日現在では、東郷報徳社の貯蓄戸数305戸、人員634人、貯蓄金額13,821円余であった(同年の「/東郷村/松崎村/事務報告書」方面・伊藤隆治所蔵)。1戸で平均2人強が貯蓄(積立)していたとみられる。 東郷報徳社は、創立から30年経過した昭和8年9月30日に解散した。その間、社団法人となっているが、その改組の時期は不明である。なお、事務所の位置の変遷は明らかでないが、高辻・山本重雄所蔵の資料によって、昭和2年当時、同社の倉庫が置かれた中興寺400番地にあったことが知られる。 |
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