第2編 歴史
第4章 近代・現代
第2節 財政と村政
 2  主要な村政
(1) 衛生

堕胎の防止
 堕胎は、最新の医療技術をもってしても母体への悪影響は避けられないとされている。まして、民間のしろうと技術では一層危険であった。明治時代に入って、県は2年の5人組触書、6年の禁令などを発布して、この悪習の打破に努めている(『鳥取県史』)。
 「小鹿谷村生育締合儀定書」(小鹿谷・河本悦郎所蔵)は明治15年5月、当時の衛生委員・河本善九郎の発案によって、村内一同が決議したもので、その内容は出産・初節句・婚礼・祭日などの贈答、供応を差し控えようという申し合わせである。河本は、その序文の中で、「(堕胎は)実ハ貧困ニ止ムヲ得ザレバナリ、果〈はた〉シテ然ラバ其ノ原因活計ノ窮迫ヨリ起ル。善九郎ガ愚考ニ拠〈よ〉レバ、仮令如何程〈たとえいかほど〉ノ舌頭ヲ労シ説諭スルモ活計ノ一助ヲ得ザレバ悪習止ミ難キヲ信ズルナリ」と記している。生活を質素にすることで、子だくさんによる貧困を防ぎ、堕胎の悪習をなくすのがねらいであった。
 他村でも、これに類した「締合」を設けて、堕胎の根絶に努めたと思われる。

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