第2編 歴史 第2章 中世 第2節 鎌倉・南北朝時代 1 東郷荘 絵図に記された花押 絵図を見ると、4本の朱線が引かれ、その両端に2種類の花押がそれぞれ8個ずつ記されている。この花押は、鎌倉幕府の執権北条長時及び連署(注)北条政村のものである。 下地中分図などの境界線の傍らに記される花押は、領家・地頭側の使者が記すのが普通であるが、執権・連署が記す例もわずかに見られる。しかし、このように多数記されているのはまれである。 当時、荘園領主と地頭の所領紛争などについて、幕府はつとめて当事者間で和解により解決するよう指導したといわれる。松尾社と地頭の間で、和解して作成された下地中分図は鎌倉に持参され、執権・連署の署判を受けて、初めて公式に効力が発生したとみられる。 (注) 鎌倉幕府の職名。執権を補佐して政務を行う。執権と合わせて両執権などと呼ばれる場合がある。幕府の公文書に執権とともに署判を加えたことから、連署といわれた。北条泰時が執権のとき置かれ、以後、北条氏一族が任命された。なお、文永元年(1264)には、長時に代わって政村が執権となり、時宗が連署に任ぜられている。 |
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![]() 図22 執権北条長時(左)・連署北条政村(右)の花押 (平凡社『書の日本史』から) |
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