第2編 歴史 第1章 原始・古代 第5節 奈良・平安時代 3 仏教文化の開花 氏寺の建立 仏教思想の普及から、古墳文化が衰退したことは前述したが、古墳に代わって新たに各地で寺院の建立が始まる。日本の美術史では、仏教伝来から大化改新(646)までを飛鳥文化、奈良遷都(710)までを白鳳文化、平安遷都(794)までを天平文化と区分している。このうち、飛鳥時代の寺院は、主として奈良地方の豪族が氏寺として建立したものである。県内における寺院の建立は白鳳時代に始まる。当時の県内の状況については、古廃寺の遺構や遺物などから推察されるばかりで、文献は残っていない。 なお、この時代には寺の維持のために、田が割り当てられたといわれ、寺院建立は土地を私有するための抜け道であったとする説もある(小田富士夫「地方寺院の造営形態」角川書店『古代の日本』所収)。 島根県立博物館発行の『山陰の古瓦』は、鳥取県内の古廃寺として26か寺を挙げている。このうち、出土した古瓦の文様・製作技法などから、白鳳時代の創建とされているのは、次の16か寺である。 1.岩井廃寺(岩美町岩井) 2.栃本廃寺(国府町栃本) 3.岡益(おかます)廃寺(同岡益) 4.等(とう)ヶ坪廃寺(同玉鉾等ヶ坪) 5.大権(おおごん)寺廃寺(同中郷) 6.土師百井(はじももい)廃寺(郡家町土師百井) 7.寺内廃寺(気高町寺内) 8.野方廃寺(東郷町野方) 9.弥陀ヶ平(みだがなる)廃寺(同) 10.大原廃寺(倉吉市大原) 11.大御堂(おおみどう)廃寺(同駄経寺) 12.石塚廃寺(同石塚) 13.斉尾(さいのお)廃寺(東伯町槻下) 14.上淀廃寺(淀江町福岡) 15.大寺廃寺(岸本町大殿) 16.坂中廃寺(同坂長) これらのうちで、国の特別史跡に指定された斉尾廃寺は、その伽藍(がらん)配置がよくわかることで知られている。寺域には、南に面して右に塔跡、左に金堂跡の基壇が現存する。また、金堂の北側に講堂跡と思われる礎石群が点在し、法隆寺式伽藍配置を示している(『東伯町誌』)。 |