第2編 歴史 第1章 原始・古代 第4節 古墳時代 3 郷土の主な古墳と遺跡 長和田・津浪遺跡 長和田字「津浪」にある津浪遺跡は、昭和48年に発掘調査された。低湿地であったため、多数の木製品が遺存していたほか、祭事に関係した遺物や、古い型の土師器と初期の須恵器が同時に出土するなど、貴重な資料を提供したことで知られている。また、弥生時代のものと推定される打製の石斧なども出土していることから、同遺跡は、長い期間にわたる古代人の生活の場であることがわかった。その中心時期は、馬ノ山四号墳や北山一号墳など大型の前方後円墳が築かれた古墳時代前・中期(四〜五世紀)にあるという。ここでは、出土した遺物を中心に述べる。写真に掲載した遺物は、いずれも東郷町教育委員会の所蔵である。 まず木器では、田下駄〈げた〉が挙げられる。長方形の板に、前後2つずつの穴を開けたもので、長さ36センチメートル、幅は17センチメートルある。保存状態は良好であった。 また、発火器具である火きり臼〈うす〉の断片2点と、火きり杵〈きね〉1点も見つかっている。杵は、現存の長さ約34センチメートルで、先端が丸く焦げていた。祭事に使用された可能性もあるという。県中部の出土例は、津浪遺跡のほかに、北条町米里の舟渡遺跡がある。 編物用などのひもを巻きつけて使用したと思われる巻き取り具は、12個出土した。いずれも、直径7センチメートル前後の木を長さ17センチメートル程度に切断し、中央部を削り取って、くびれた形にしている。 このほか木製品では、舟の擢〈かい〉と思われる木片、田舟の一部(一説に木鉢)、木刀も出土している。木刀も、火きり臼などと同様、祭事に使われたものかもしれない。 さらに、祭事用具と思われる遺物では、直径3センチメートル前後の不整円彩をした淡褐色の土製丸玉、直径4ミリメートルぐらいの暗緑色をした滑石製小玉(以上、いずれも中央にひもを通す穴を持つ)のほか、勾玉の形をした安山岩の礫〈れき〉に、赤と青の色を塗った彩色礫、小型の粗造土器なども出土している。彩色礫は、山陰地方で初めて見つかった珍しいものである。また、非実用的と思われる粗造土器は、手でこねて作ったらしく、指紋の跡が見られるものもある。 土器では、壼形・ ![]() ![]() このほか、同遺跡からは、(注)紡錘車、ツバキの実、モモやグミの種子、マコモ、木の葉、昆虫の羽根なども見つかっている(東郷町教育委員会『津浪遺跡発掘調査概報』)。 (注)紡錘章は、綿などの繊維にヨリをかけて糸を紡〈つむ〉ぐとき、中央の穴に糸巻き棒を挿して、その回転を助ける小道具である。弥生時代以降の遺跡から出土する。円盤形・円錐台形・ソロバン玉型があり、大きさは直径4〜5センチメートルのものが多い。 |
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