第1編 自然と地理
第1章 自然と環境
第4節 東郷湖
 1  湖の成因

平野の発達と東郷湖
 約2,000年前以降、沿岸州の背後(南側)では、天神川が運ぶ土砂がたい積して三角州的な平野を形成した。現在の羽合平野である。天神川は、かつて羽合町田後の辺りで東に湾曲し、羽合温泉の旅館が立ち並ぶ東郷湖西側の突端部辺りで、直接東郷湾に流れ込んでいた時期があったと考えられる。突端部一帯は、その時期に天神川がつくった三角州であろう。その後、天神川は橋津川に合流した時期もある。次編「中世」の章で述べられる正嘉二年(一二五八)の「東郷荘絵図」に、その状況が見られる。天神川が現在のように日本海に注ぐ流路となったのは、江戸時代中期(1700年代)の改修工事によるものである(『倉吉工事事務所四十年史』)。
 このようにして羽合平野が形成されるとともに、海跡湖としての東郷湖が形づくられていったものであろう。町域側でも、東郷湖に流入する舎人川・東郷川・羽衣石川・埴見川などの運搬・たい積作用で平野が発達し、湖は次第に狭められ、今に近い形に変わっていったと推定される。

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