第二編 歴史
第四章 近代・現代
第九節 学校教育
 一  教育制度の変遷と町内の概観
(五) 昭和後期

幼稚園の設立
 「松崎幼稚園沿革史」によると、昭和十年八月、当時の松崎尋常小学校長・藤井貞が、入学予定児童を対象に、毎週日曜日の数時間、幼児教育を施したという。これが、松崎幼稚園の始まりとされる。当時、園費は徴収しなかったという。同幼稚園は、その後同十二年五月に、松崎尋常小学校付設幼稚園として開園した。当時の状況は不明であるが、大正十五年に公布された幼稚園令によると、入園児は満三歳から小学校に就学するまでの幼児とする、保育項目は遊戯・唱歌・観察・談話など、とされている(『鳥取県教育史』)。
 その後、町域内では昭和二十四年五月、東郷小学校に東郷幼稚園が付設された。地区の婦人会の強い要望にこたえたもので、八五人が入園した。園費は当時、一律五〇円(月額)であった。幼稚園は、既に同二十二年の学校教育法によって、正規な学校体系の重要な一環として位置づけられていたのである。当初の園長は小学校長が兼務していた。
 しかし、東郷・松崎両幼稚園とも、昭和二十六年三月に東郷松崎町が誕生したのに伴って、それぞれ町立の第一・第二保育所と改められた。特に東郷幼稚園の場合は、発足当時から託児所的な性格が強く、これに加えて財政的な付けによる国の指導があったといわれる。第二保育所の場合は、同二十八年四月、町立松崎保育園になったあと、松崎地区の強い要望にこたえて、同三十一年五月、町立松崎幼稚園として再出発することになる。
   
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