第2編 歴史 第4章 近代・現代 第5節 農林水産業 3 畜産・林業 新町村の基本財産 明治22年の町村制の実施に伴って、旧町村(部落)の財産である林野は、新町村の財産として編入されることになった。しかし、これらの林野は古くから採草地などとして各部落と固く結びついていたため、その所有主体の移転には抵抗があった。したがって、話し合いがつかず部落有林としてそのまま残されたもの、また、形式的には市町村に移されても、旧所有者に使用権や入会慣行の権利が与えられたり、また、数部落あるいは部落全員の共有名義などの形態でそのまま残されたりしたものが多かったといわれる(『鳥取県史』)。 当時の町域内の実態は明らかでないが、形式的には新町村の基本財産として編入されたとみられる。昭和11年当時の東郷・松崎組合村の基本財産は、資料編132号で知られる。また、町役場所蔵の「事務引継書」などには、同28年3月当時、各町村所有の財産のうち、3地区(舎人・東郷・花見)の財産区に継承すべき原野などが、表68のとおり明記されている。 なお、別所・西田陽二所蔵の明治年間の文書には、区(部落)有財産の山林を売却して、消防器具や代地を購入する東郷村・松崎村組合役場の議案書がみられる(「戦争と災害」の節、「竜吐水のこと」の項を参照)。また、資料編113号に収録した文書は、引地が現・三朝町片柴など他所に支払っていた入会地の草手料・山役料を、東郷村の村費として負担する旨の約定所である。さらに、町役場所蔵の「舎人村・東郷村松崎村入会地整理協定書」によると、大正13年8月、野方字「山田西平」の原野など両村の入会地について財産組合を組織し、造林経費や収益を双方が一定の歩合で分割することを両村長らが協定している。こうした文書は、区有財産が一部存続したこと、その処分や入会地の維持、管理について行政側が関与していたことを示すものであろう。 旧村時代の町域内における人工造林などは資料が乏しい。昭和11年当時東郷・松崎両村の木炭生産量などは資料編132号を参照されたい。 |
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