第1編 自然と地理
第2章 人口と集落
第1節 人口と世帯数
 1  明治以前の戸数・人口

明治24年の戸数・人口
 明治24年の記録によると、当時の戸数・人口は表8のとおりである。このうち、引地と別所が不明であるので、明治18年の資料(『ふるさと東郷』所収)によった。前項の年から87年経過しているが、戸数は10パーセント増しである。戸数の多い順は松崎・長江・門田・長和田・方地・藤津・小鹿谷となる。小鹿谷の戸数が約4倍に増加しているのは、陣屋のあった地区(上崎村)が明治の初年、小鹿谷に編入されたためと思われる。
 田畑二については、明治16年の記録に、田畑村の支村として20戸があったと記されており(町教育委員会資料)、田畑32戸に含まれると推定する。麻畑は川上村の出村であった(次編「近世」の章参照)
 1戸当たりの家族数は平均5人である。

表8 明治24年の戸数と人口
地区 部 落 戸 数 人 口 備   考






宮 内
藤 津
野 方
白 石
方 地
漆 原
北 福
小 計
30
62
27
30
63
42
34
288
190
398
152
163
348
208
198
1,657






}明治10年、北方村と福永村が合併
 
松崎
地区
松 崎 184 937  






引 地
小鹿谷
田 畑
国 信
別 所
方 面
高 辻
川 上
久 見
中興寺
小 計
(45)
58
32
24
(42)
17
23
54
22
31
348
(206)
273
134
139
(205)
113
139
198
105
159
1,671



}明治11年10月、山辺村と中尾村が合併






 






野 花
長和田
長 江
門 田
佐 美
埴 見
羽衣石
小 計
27
81
110
87
16
47
32
400
152
226
581
470
75
217
161
1,882
 
合 計 1,220 6,147  
(「徴発物件一覧」による。角川書店『鳥取県地名大辞典』所収)

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