第2編 歴史 第4章 近代・現代 第5節 農林水産業 1 農業 (3) 農業団体 農会のこと 『鳥取県史近代第三巻経済篇』(以下『鳥取県史』と略称する)は、明治30年4月に「実業会規則」が公布され、翌31年4月までに八頭・日野郡の計4カ村を除く県内全市町村に実業会が成立したとする。各市町村の実業会とは、殖産興業の発達を図るための議決機関であった。町域内では、「明治三十一年度舎人村々税歳出予算表」(白石・福井克之所蔵)に、「実業会補助費三円」が計上されているほかには記録がない。 この実業会は、農業者と商工業者で構成されていたため、同33年の農会令公布で、「耕地又は牧場を所有する者及び農業を営む者を以て組織する」農会が独立することになった。県・郡・市町村の実業会もそれぞれ改組し、系統的な農会が誕生したのである。町域内でも、舎人・東郷松崎・花見の各村に農会が設けられた。各農会に関する資料は少ないが、県や郡の農会の指導で、害虫駆除、農産物品評会、短冊苗代の奨励などの農業改良に当たったとみられる。しかし、財源に乏しく、事業は停滞気味であったという。その多くは、村役場内に事務所を置いたとみられ、官製団体としての性格が強かった(『鳥取県史』)。この農会は、太平洋戦争下の昭和19年1月に農業会に統合されるまで存続した。 なお、「東郷小学校沿革史」(同校所蔵)によると、明治43年7月、同校で農事講習会が10日間開催された。講師は、「東伯郡農業技手・田山虎次朗」で、受講証明書をもらった者は122人であった。同種の証明書が花見地区にも残っていることから、この前後、各村で講習会がもたれたと思われる。昭和2年には、舎人村で婦人のための農事講習会が開かれたことも知られる(「舎人小学校沿革史」桜小学校所蔵)。 |
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