第2編 歴史

第3章 近世

第4節 庶民の生活

6 温泉・東郷池の利用

 

東郷池の漁法

 東郷池の漁法について、「諸事控」(『鳥取県史10近世資料』所収)の文政5年(1822)8月28日の記事に、

  一河村郡松崎町より和田家え、先達て相願い東郷池え石竈(がま) (ならびに)大敷と申綱池口え張候儀、池尻切レ候節ハ張り申さずニ付、馴(なれ)(合意)合候故差支これなく候え共、右之外堰(せき)網・捨網抔(など)と名付網張候所、船通行之障りニ相成り(後略)

とあり、現在湖山池に残っている石がま魚法が東郷池にもあったことを伝えている。そのほか、大敷・堰網・捨網と称する網を使用する漁法もあった。

 また、「化政厳秘録」『鳥取県史7近世資料』所収)の文化12年(1815)6月7日の記事によれば、「湖山池にて、たも(小形のすくい網)を挽(ひき)て糠海老(ぬかえび)を捕る事を始む。東郷池よりの伝来なりと聞こゆ」とあり、湖山池より東郷池の方が、早くから糠えびをとる漁法を行っていたことを伝えている。