第2編 歴史

第3章 近世

第4節 庶民の生活

6 温泉・東郷池の利用

 

引地村の津出し

 前掲「免札・締方町庄屋兼役中扣日記」によれば、文政11年(1828)10月ごろ、引地村が米宿(こめやど)(米の集積所か)となって津出しを行っている、との情報が松崎町役所に入ったので、町役人は引地村に使者を出し、津出しを停止するよう申し入れた。その返答には、そのような事実はないとのことであった。こうしたやり取りが一再ならずあったが、11月に入って、やはり引地村が夜分積み出しを行っているとの情報があり、町庄屋は引地村庄屋に津出しを停止するよう書状を送った。その返書に、

と巧みに弁明している。同じような理由で、町庄屋は田畑村にも使者を出して申し入れた記録がある。

 このように、松崎の町役人が津出しの統制に当たったことが分かる。その受け持ち範囲は明確ではないが、少なくとも東郷地区はその範囲にあったとみられる。