第2編 歴史
第3章 近世
第4節 庶民の生活
6 温泉・東郷池の利用
津出し・津留め
津出しとは、本来、領内の港から水運により物資を他国へ移出することで、津留めはその禁止である。散見される資料によれば、東郷池を利用した物資の輸送についてもこの語が使用されている。東郷池の津留めの際、違反する者がないように監視するのは、松崎町役人の任務であったとみられる。前掲「御用日記」の安政4年(1857)11月17日の記事に、
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とある。津留め中であるが、ただ一艘だけ橋津に薪を積み出すことを認めてほしいと、小鹿谷の日比氏から松崎の町年寄に対し依頼があった。年貢米納入の時期であるから、津留めを実施していたのであろう。年貢を完納するまでは米の移動を禁止するのが藩の規則であった。津留めの実施は、小鹿谷の役人の指示によったと思われるが、その役人を監督する立場にある日比氏が目こぼしを依頼しているのである。
また、「松田休意日記」によれば、龍徳寺が出雲地方に売却する米を橋津まで輸送するため、特に堀・日比氏の命令で東郷池の津留めを1日間解除した例がある。このように東郷池を利用した物資輸送に制限が加えられていたことが知られる(資料編80号)。
なお、引地川とあるのは、今の東郷川を指すものであろう。現在とは違い、水運に利用されていたことが分かる。
![]() 「坂越」木札 陸路による物資の移出を坂越といった。 |