第2編 歴史

第3章 近世

第4節 庶民の生活

5 火事と病気

 

松崎の火事

 松崎は戸数200前後の集落であるが、町としての形態をとり、軒が連なっていたから、大火事に発展することがあった。藩政前期の記録は見えないが、後期では次の火事があったことが知られる。

 (1)寛政5年(1793)5月28日夕方出火。全・半焼合わせて47軒が被災した。被災者名も判明している(「松田休意日記」資料編80号)。

 (2)文政5年(1822)12月晦日。焼失地区は上町。焼失家数は不明であるが、被災した40軒に米・飯の見舞を贈った記録がある(「火事見舞控」松崎・足羽愛輔所蔵)。

 (3)万延元年(1860)8月26日夜。同じく上町で84戸焼失とある(「本野口家系概要」野口理所蔵)。この火事については、「上町□屋火元ニテ類火有、但馬屋より上ハ札場迄残らず火災(下略)」との記録があり傍証となる(「元河村郡川上村麻畑記録」麻畑・清水潔所蔵)。