第2編 歴史

第3章 近世

第4節 庶民の生活

2 庶民生活の諸相

 

木地屋

 木地屋は、木地師、ろくろ師などともいう。昔から山中を漂白して、木を切り、ろくろを用いて、わんや盆を作ることを職業としてきた人々をいう。明治6年に編集された『斐太後風土記』は、木地屋の生活習俗について、「彼らはトチ・ブナ・ケヤキなどの木を切ってわん型にくり、深い奥山の山小屋でろくろを使いわん木地をひく。付近に用材のある間はそこにいて近くの市町(いちまち)の卸店・仕入商人に製品を送り、その代価で生活に必要な米・塩と交易した。そして用材を切り尽くすと、また他の山に移り一生を同じ山で過ごすことはなかった」などと記している。

 前掲「埴見郷伝記」に、「寛永10年(1633)長和田村御水帳ニ佐美谷・羽衣石谷御高一所ニ御結びこれあり候、 ニ羽衣石山木地屋軸御(ろくろ力)運上銀弐拾八匁、長和田村より御納所士候」とある。寛永10年当時、佐美・羽衣石はまだ長和田の領分であり、羽衣石木地屋の軸運上を長和田で上納したとの意である。羽衣石に木地屋が住居していたことを物語っている。

 白石に字「六郎」の地名がある。「ろくろ」がなまったものであろう。「ろくろ師」という呼び方は「木地師」に比較して時代的に古いといわれるので、この地名は中世以前に木地屋が住居していたことを示すものかもしれない。