第2編 歴史
第3章 近世
第4節 庶民の生活
1 新田畑の開墾と草山争論
藩の裁許
羽衣石村に対する藩の裁許状は、次のとおりである。
羽衣石村に比較して面積が狭く、草山が不足する田畑・小鹿谷両村の言い分が通り、ある程度の入会が認められたわけである。
羽衣石山には、西郷から上井・山根・八ツ屋・伊木・下余戸・上余戸・栗尾の各村が草山不自由のため、盗み刈りしたが、「了簡(りょうけん)の上にて見免(ゆる)し」たとも、「埴見郷伝記」は記録している。