2編 歴史

3章 近世

3節 和田氏と自分政治

4 自分政治

 

自分政治の実態

 自分政治の地においては、幕府の全国的な禁令や通達、藩の御法度など、在方の村々と同様に適用を受けるが、その下達経路が違っていた。郡奉行や大庄屋を経由せず、和田氏を通じて下達されたのである。ほかに「米子・倉吉・松崎・八橋御定」といった自分政治の地のみを対象とした法令も出されている。

 鳥取藩の自分政治の実態は、当初軍事的拠点といった意味合いであった。しかし、その意義の中心が次第に町方支配とそれに伴う経済収益へと変動していった。「自分手支配の町方を有する着座家は、池田家家臣として給与される禄高以外に、委任された町政に伴う町方よりの経済収益を特権として持った」のである(『鳥取県史3近世政治』)。「経済収益」が具体的にどのようなものであったか、明らかでない。以下に述べる和田氏の松崎町に対する借銀は、臨時的なものであるが、経済収益の一変形と考えられる。