第2編 歴史

第3章 近世

弟3節 和田氏と自分政治

3 松崎町の支配体制

 

町庄屋

 松崎には町庄屋1名が置かれた。町庄屋の任務は明確でないが、おそらく貢租・運上銀などの徴収が主な任務であったと推定される。

 藩政初期から置かれたと思われるが、享保16年(1731)の文書に「町庄屋菊屋喜右衛門」とあるのが初見である(永福寺文書)。続いて安永7年(1778)の木札がある。この木札は、町庄屋善右衛門が木地山屋伝三郎に交付したもので、猟舟一艘(そう)の鑑札であろう。猟舟所有者には運上銀が課せられたから、鑑札の発行は町庄屋の所管であったとみられる。

 前掲「年寄役目代役替日記」によれば、寛政6年(1794)ごろ以降、目代3名のうち1名が町庄屋を兼任するのが普通であった。前項に挙げた目代役経験者のうち、苗字を記した者は町庄屋を兼任している。

 なお、松崎にはこのほか、免札・締方などの役職があり、町庄屋が兼任する場合が多かったが、その職務の詳細は明らかでない。