第2編 歴史

第3章 近世

弟3節 和田氏と自分政治

3 松崎町の支配体制

 

目代

 町年寄の補佐役として目代(もくだい)が置かれた。松崎町では、2名ないし3名が任命されている。鳥取町の場合は、各町内に代表として目代1名が置かれていた(『鳥取藩史民政志』)。松崎は上町(裏町・籠町を含む)・仲町・田町・新町の4か町があったから、各町内の代表とはいえない。その分掌は不明であるが、松崎町内から提出された願書などには目代全員の奥書を要したほか、根帳(戸籍)事務も取り扱った記録もある。

 目代には苗字を許されなかったが、寛政9年(1797)、町庄屋を兼任する場合に限って「苗字御免」とされた。明和2年(1765)以降、志ま屋・きく屋・播磨屋・あぶら屋・長江屋・かうじ屋・ふさ屋・大和屋・福井屋・山辺屋・米子屋・糸屋・倉吉屋・前田・秋房・伊藤・赤嶋・高尾・足羽・米田・立木・更田・川本・秦・野口・山下・松永の諸氏が歴任している。