第2編 歴史
第3章 近世
弟3節 和田氏と自分政治
1 和田氏
和田組士
戦時においては、着座家は一軍の旗頭(部隊長)となるが、一面では組頭として騎馬の平侍(ひらざむらい)(馬廻り(うままわり)ともいう)を統率した。組頭の配下に属する平侍を組士といった。
享保17年(1732)の「組帳」によれば、米子荒尾56名、倉吉荒尾44名、和田24名、津田15名などと組士の人数が記されている(『鳥取藩史禄制志』)。
なお、安政5年(1858)の軍式改正により、米子・倉吉の両荒尾組を除いて、組士を預かる制度は廃止された(『鳥取藩史職制志』)。