第2編 歴史
第3章 近世
第2節 鳥取池田家の成立
4 貢租制度
(4) 貢納
蔵納め
町域内の村落の年貢米は、橋津の藩倉に納入するよう指定されていた。橋津藩倉は正保2年(1645)の創設であって、倉庫16棟、建坪603坪に及び、年々5万俵以上の米を収納したといわれる。蔵下(納入を指定された)村落は、竹田谷を除く河村郡79か村と久米郡の一部31か村であった(『奨恵社50年史』)。
蔵納めの期日は、毎年8月15日を初回として、5日ごとに11月20日までの21回で完納することになっていた。藩倉でも1日の検収量に限度があったから、21回の期日に納入量が大体平均するよう計画を立てて納入させたものと思われる。
参考までに、文化5年(1808)の「橋津御蔵納御切手好(ママ)目録」による御蔵入高を付記する(『前掲書』所収)。
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