第2編 歴史

第3章 近世

第2節 鳥取池田家の成立

4 貢租制度

 

(2) 請免制になるまで

 

土免制

鳥取藩においては、初期の約60年間は土免制が実施された。『鳥取県史3近世政治』によれば、土免の語義は各田畑の善悪・反別を審議して決定される免であるとしている。これらの要素を勘案して、毎月5月の田植えごろに一応の年貢を査定して年貢免状を交付し、秋の収穫時に稲の出来具合いによって、さらに修正を加えるというのが鳥取藩の土免制であった。

 土免制による年貢免状で町域内に伝わっているものは次のとおりである。

 宮内村分  明暦3年(1657)  (宮内・寺地克巳所蔵)

       元禄9年(1696)  (次項参照)(同右)

 長和田村分 寛文8年(1668)  (長和田・佐々木守成所蔵)

〃     延宝7年(1679)  (同右)

 〃     貞享5年(1688)  (同右)

長江村分  天和2年(1682)  (長江区有文書)

 明暦3年の年貢免状の一部を次に示す。

 この年貢免状は、5月の田植えのころ交付されている。しかし、「後筆」と表示した箇所は、秋の収穫時の状況により、年貢の減免を要するため、追加記入したものである。

 なお、「免四ツ弐分」の文字が見える。元禄9年以後の宮内村の本免は四ツ三分であるから、1パーセントの異動がある。


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