第2編 歴史
第3章 近世
第2節 鳥取池田家の成立
1 在方制度
安政5年の改革
安政5年(1858)7月、藩は在方制度の大改革を行った。主な事項は、次のとおりである。
(1) 大庄屋は1郡1名とし、宗旨庄屋の役務を兼務する。
(2) 家数500戸、高5000石につき1名の割で中庄屋を置き、大庄屋の補佐役とする。
(3) 家数100戸、高1000石につき1名の割で庄屋を置き、従来の1村1名の庄屋は廃止する。
(4) 5人組の頭として新たに小頭を置き、組頭は5人組数組を統括する役とする。
(3)は千石庄屋といわれる。千石庄屋に任命された人に、舎人地区では藤津村吉兵衛(遠藤)・原村治助、東郷地区では方面村林右衛門(原田)・小鹿谷村惣兵衛(岸本)、花見地区では羽衣石村鹿蔵・門田村清右衛門の名が見える。
しかし、新制度では円滑な運用ができず、千石庄屋はわずか3年たらずで廃止され旧に復したが、小頭制度はそのまま明治まで続いた。